lifestyle

【デブの楽ちん珍し旅 Destino nueve】1週間を食っちゃ寝で過ごす素敵なクルーズ船の旅(第3話)【動画多数】

おデブはなるべく出歩きたくない。仮に外出しても疲れるので歩くのは嫌だし、暑いので人ごみも嫌だ。趣味で出歩く場合を除いては。あまねくおデブがそうだとは言わないが、少なくとも記者はそうだ。

3連載でお届けしている、豪華クルーズ船。動かず楽に食っちゃ寝で過ごす1週間クルーズ船の旅の第3話は最終回。

<前回までのあらすじと最終回の概要>
横浜から出港したスーパースターヴァーゴは、清水港、鹿児島港と寄港して、終日航海の日で4日目。7泊8日の船旅なのでようやく半分の日程で東シナ海に出た。いよいよ上海上陸。そして、まさかの横浜に戻れないハプニングが!
第1話:【デブの楽ちん珍し旅 Destino siete】1週間を食っちゃ寝で過ごす素敵なクルーズ船の旅(第1話)【動画多数】
第2話:【デブの楽ちん珍し旅 Destino ocho】1週間を食っちゃ寝で過ごす素敵なクルーズ船の旅(第2話)【動画多数】

【5日目】上海に上陸!


東シナ海を1日航海して、木曜日は上海に上陸。オプショナルツアーに参加予定なので昼食は取れない可能性が高い。したがって朝食はしっかり取る。
有料の日本料理レストラン「サムライ」で日本人限定の無料朝食バイキングでちょっと食べ過ぎか。


上海上陸に備えて、旅券が返却される。ここで初めて日本の出国審査(日本人の場合、正確には出国の確認)が鹿児島港で行われていたことを知る。写真右上の出国スタンプが「KAGOSHIMA」になっていることで知ることができた。

実際に入国審査官に会ったわけではないが、入国管理法(出入国管理及び難民認定法)および同施行規則では、日本人が出国する際には出国の確認を、帰国する場合は帰国の確認をいずれも入国審査官に受けて旅券に証印する(スタンプを押す)ことだけが規定されていて、審査官の面前で審査するとはなっていない。あらかじめ船会社に提出してある旅券と帰船したことをアクセスカードで確認しているので、それで出国の確認を受ける運用になっているのかもしれない。


下船するデッキでは、クルーがお見送り。上海から乗船した旅客にとっては最終下船地となり、新たな旅客が当地から乗り込むことになる。


岸壁では別の大型旅客船が停泊していた。横浜や上海は設備が整った港なので、ボーディングブリッジが渡され地上を歩くことなく入国審査場に導かれる。


中国の入国審査を終えると、あらかじめ渡された旅券とそのコピーの両方に中国の入国証印が押される。
旅券の原本はその場で船舶会社のクルーに回収され、コピーだけを持ってターミナルの外に出る。写真は入国証印が押された旅券のコピー。
この旅券のコピーを紛失すると、本船に戻るのに大変面倒なことになる。くれぐれも無くさないように。


その後、オプショナルツアーで上海タワーに上った。世界最高峰の展望台は119階、552メートルに達する。
なお、本タワーのエレベーターは三菱電機製で日本の技術が生かされている。


約5時間のバスツアーで上海港に戻り、帰船するが出国審査は乗員レーンをスルーして旅券のコピーの確認だけで終わり、免税店を通り、結局何の審査もなかった。

上海上陸後のレポートを動画でご覧いただこう。


意外と早めに帰船できたので、遅い昼食を取る。


もともと昼食の取材は日程に組まれておらず、そのためレストランの指定はなかったので、パビリオンに行った。これも撮影用ではなく普通に出てくる一人用のコース。

そうこうしているうちに、上海を出港したので、出港後のレポートを動画で。


夕食は、日本食の有料レストラン「サムライ」で、ものすごいパフォーマンスを見ることになる。


鉄板を使い、見事なパフォーマンス。日本で鉄板を使った高級ステーキハウスはいくらでもあるが、おそらくこんなパフォーマンスは見ることができないだろう。

その模様の一部を動画で。


コースには日本酒かソフトドリンクが付いている。


ご飯はガーリックライス(焼き飯)になって出てきた。鉄板をフル活用したパフォーマンス料理だった。

さて、ブリッジで取材した際に船長が言っていた「スーパータイフーン」の話がユーモアなんかではなくマジだったことを知ることになった。

その際のレポートを動画で。


これで、大阪へも横浜へも戻れないことが確定した。
約款上は、大阪で下船する旅客は宮古島で、横浜で下船する旅客は那覇でそれぞれ下船すれば、7泊8日のクルーズそのものは提供したので、船会社はそれで責任を果たしたことになる。天候事由は免責だ。しかし、沖縄県で放り出されても旅客は困るので、今回は船会社の厚意で航空機が手配された。大阪下船の旅客は宮古島から伊丹まで、横浜下船の旅客は那覇から羽田までの航空機が提供された。特例中の特例だ。

【6日目】南へ針路を取れ!宮古島へ向けて終日航海


こうなったからには腹をくくるしかない。腹をくくるためには食べるしかない。
多少強引なロジックながら、朝食。


朝食はザ リド ビュッフェでバイキング。写真は撮影用だが、実際にバイキング形式のトレーから取ってきたもので特別なのは盛り付けだけだ。
朝日がまぶしい。台風はどうなった?と昨晩、大揺れになるのではなかろうかと戦々恐々としていた記者は首をかしげる。


その気になればコレだけ食べてもかまわないのだ。しかも無料。意外と珍しいものもあり、タロイモのような芋や、アンパンのようなパイ等、日本ではなかなか食べることができない食材もあり、チャレンジのし甲斐がある。
しかし台風は?しつこいようだがこの時は本当にそう思っていた。


上海港は海ではなく長江流域の河川港なので水の色が茶色く濁っていたが、沖縄県に近づくにつれて南の海らしい青々とした色になってきた。
本船はバウにもスターンにも旅客が入ることができるデッキがあるので、散策しながら1周すると軽く500メートルを超える。

余談だが船舶用語の解説を。船首をバウ、船尾をスターン、左舷をポートサイド、右舷をスターボードサイドと言う。基本的に船舶は左舷から乗下船することが多い。したがって左舷がポート(港)サイド。右舷はスターポート(星の港)ではなくスターボード(板)。大航海時代はステアリングボード(舵を取る板)が右側にあったことからステアリングボードサイドが語源だという。右に舵があれば右舷を接岸するのは困難なので左舷を接岸するようになった。よって左舷から荷物や人が出入りするのである。
現在の船舶の舵は中央にあり、そのようなことはないのでどちらの舷でも接岸可能であるが、やはり左舷接岸が圧倒的に多い。船舶よりもはるかに歴史の浅い航空機も船舶にならう慣例で、左側から搭乗、降機するのは経験上ご存じだろう。実は船舶あっての航空機だという点は多い。
ちなみに、取舵(とりかじ)、面舵(おもかじ)と言うのは日本だけの船舶用語で、方角を干支で表現していた時代の名残である。子が北で方角にかかわらず船首とし、卯が東、午が南、酉が西を表す。すなわち、取舵とは酉(とり)のことであり9時の方向(左)に舵を切るということだ。面舵は卯(う)のことであり、「うむかじ」あるいは「うのかじ」から転じて「おもかじ」になったと言われ、3時の方向(右)に舵を切るということだ。「面舵いっぱい」とは、「舵を右いっぱいに切れ」(90度ではなく概ね30度)という転舵号令である。さらに「針路そのまま」は「ようそろ」で、「宜しく候(よろしくそうろう)」という江戸末期の海軍用語らしい。このような日本独特の言い回しは現在でも自衛艦では使用されている。

夜間デッキに出ても何も見えないので面白くないと思われるかもしれなが、少し知識を仕入れて夜間航行灯を見れば、見える船舶がどの程度の大きさでどちらを向いているのか、近い場合は本船はどのように舵を切るのかが予測できて面白いが、長くなるのでこの辺にしておこう。


昼食は7デッキ中央にある有料のイタリア料理レストラン「パラッツォ」。記者が示しているのは本物のピカソの絵画。
美術品への造詣が皆無な記者はよくわからないが、おそらく1937年の「ドラ・マールの肖像」だと思われる。


このレストランだけは簡易なドレスコードがあり、半ズボンや襟のないシャツでの来店は避けたい。また子供連れも制限があるので、確認しておきたい。
とはいえ、前の写真のように記者が着ている程度の普段着であれば何ら問題はない。
ピカソの横にさり気なくあるのは印象派画家の巨匠モネ。まるで美術館の中で食事をしているのは厳か(おごそか)すぎて、恐縮してしまう。
なお、写真撮影は自由に行って構わないが、ストロボを発光させることは絶対に避けたい。第一級美術品であることを忘れずに。


これは、1名分の昼食コース。絵画を見るだけで数千円払ってもおかしくない場所で食事とはなんともぜい沢。ちなみに、写真下にちょこっと写っている絵皿はヴェルサーチ。どこまでもすごいパラッツォだった。席数が多くないので是非とも予約して行きたい。

さて、乗組員のインタビューを動画でお伝えする。


ふたりとも、取材のアシストや案内で尽力してくれた。この場を借りて心から感謝の意を伝えたい。

といっている間に、夕食の時間。


夕食はいつも来ているおなじみの無料レストラン「パビリオン」。写真は撮影用のものだが、特別に余計なものを付けることはしていないので、器が違うだけで、基本的にはこのコース料理だ。


パビリオンから見た東シナ海に沈む夕日。夕日を見ながらの食事は最高のひととき。


ピカソやモネの名画をご覧いただいた後で恐縮だが、またまた記者の水彩パステルで描いた「絵画」らしきもの。これも自分宛てに投函した。

【7日目】宮古島・平良港


宮古島は上海を出て初めての日本なので、入国審査(正確には上陸審査だが日本人は帰国の確認)が行われる。したがって旅券が返却される。ここで手元に戻った旅券はもう預けることはないので、最終下船地まで自分で保管する。中国の出国証印が押されているのをこの段階で確認することができる。
本来であれば、大阪入港前に行われる旅券の返却だ。


宮古島の平良港は大型船が接岸できないため、テンダーボートと呼ばれる交通船で港に向かう。本船から降ろされた複数のテンダーボートが港との間をシャトル便で往復する。


テンダーボートから見た本船。プロムナードデッキすら見えないくらいに巨大だ。
大阪港に入港していれば乗ることができなかったテンダーボートである。


平良港は近隣の島しょを結ぶ船舶が発着する小さな旅客船ターミナル。そこに急きょロープを張って導線を確保し、制限エリアを設けてCIQ(税関、入管、検疫)が設置されていた。ここで押された帰国証印は「HIRARA」。平良港は入管法施行規則で出入国ができる港に指定されているので、この証印となる。しかし通常は定期外航船はないので、非常にレアな証印となった。大阪であればおそらく「OSAKA」となったであろう。
ちなみに船舶の乗組員は船員手帳で上陸するので、出入国の証印はされない。


当地で帰国の確認を受けた上で税関で旅具検査を受けるが、記者はまた乗船するので大した荷物は持っておらず、税関申告書を提出して口頭で検査を受けただけだった。大阪で下船するはずの旅客は当地で船旅は終了するので、すべての荷物を持って税関検査を受ける。
宮古島に降り立った証拠があまりないので海上保安庁の小型巡視船PS16をバックに記念撮影。PS16は第11管区海上保安本部・宮古島海上保安部に所属する巡視船「のばる」。バックに停中のバス群は当地で一時下船する中国人観光客のためのツアーバス。よくここまで手配できたものだと船会社の手際の良さに感心する。


特に何もすることがないので、本船に戻り取材続行。CIQエリアを逆の導線で進み、テンダーボートに乗り込む。
続々と押し寄せる中国人観光客にもまれながらも、それぞれのエリアで税関職員や入管職員に「守られて」テンダーボートに向かう。
実は上陸の際に税関職員から「戻るときは声を掛けてくださいね」と言われていた。記者の両側から二重に割り込もうとした中国人観光客を税関職員が阻止してくれた。おそらく職員も中国人観光客が押し合いへし合いお互いに割り込みをしながら突進してくるのをよく知っていたために、数少ない日本人に「保護」を与えてくれたのかもしれないと勝手に解釈した。空港ならばきちんとした設備でラインが引いてあるので割り込みはなかなかできないが、こういう臨時の場所では割り込み放題なので入管や税関職員も大変だろうと思う。


戻るテンダーボートの乗船客は記者一人だけ。皆さんは宮古島観光を楽しんでいるはずだ。
テンダーボートのブリッジは上部にある。クルーザーで言うところのフライングブリッジに当たる。本船に積まれている小型交通艇とはいえ、GPSや電子海図は装備されており国際VHF無線で頻繁に本船とやり取りをしていた。国際VHFとは超短波を用いる船舶用世界共通の無線通信システムである。商船や漁船、プレジャーボートや艦船との相互間はもちろん、港湾施設や海上保安庁とも通話することができる。

では、テンダーボートから見た本船を動画でご覧いただこう。


この動画は、滅多に収録することができないので貴重なものとなった。


「ザ リド ビュッフェ」で簡単な昼食を済ませた。朝食からさほど時間が経過していないのと、夕食はバーベキューパーティーだとわかっていたので、バイキング形式だが少しだけ食べた。

バウデッキでレポートした宮古島の様子と船旅の総評を動画でお送りする。なお、これが最後の動画レポートだ。


この日の夕食は、12デッキ中央、パルテノンプールサイドで行われたバーベキューパーティー。


写真は撮影用に用意してもらったものだが、これもプロが盛り付けをしただけで特別にあつらえたものは何もない。意外と美味しかったのは巻き寿司で、外国同様の本船でこんなに美味しい巻き寿司を食べることができるとは思わなかったので、妙に感動してしまった。もちろん、ボリュームのあるバーベキューの肉はシェフが焼いてくれた逸品。


レスキュー(ヘルプ)で給仕に入っていたダイヤモンドクラブのエデイリーンさんと記念撮影。彼女の母国フィリピンも暑いのだが、日本の湿気のある夏の船上はこたえるであろう。


夕食の後は、バウデッキで夕日を眺めながら過ごした。


沖縄の美しい海に沈む夕日。
そして最後の夜を迎える。

【8日目・最終日】那覇港


宮古島・平良港を出港した本船は、ゆっくりとした速力で那覇に向かった。いよいよ最終日だ。
朝食はスターダイニングルームで、基本のプレートを選び、あとはバイキング形式の折衷様。和食のお弁当も選択できる。写真は洋食。

ここで最後の解説。船舶のスピードは「速度」とは言わず、慣例的に「速力」という。単位はノットで、1ノットは1時間に1海里(ノーチカルマイルまたはシーマイル)を進む速力のこと。したがってkm/hのように「/h」をつける必要はない。1ノットは1.852km/hと等しい。
1海里は地球の大きさをもとにした、概ね緯度1分の距離なので、船舶や航空機は海里を使用する方が都合がいい。またまた航空機との関連になるが、航空会社が搭乗客に付与するマイルはこのノーチカルマイルで算出されたもの。つまり1海里×60分×360度=21600マイル(NM)を持っていれば、合計で南北方向ではあるが世界一周分を飛行したことになる。実際には運賃クラスで加算マイルは異なるが、理論としてはそういうことである。
これらは英米で使用される陸マイル(1609.344メートル)とは異なる。1陸マイルの1/8が1ハロン。競馬好きの読者にはなじみの単位だろう。


横浜を日曜日に出港して8日目の朝(日曜日)に那覇港に接岸した。
イレギュラーながら、航空便の都合で那覇での下船時刻は、グループ分けされて決定された。岸壁に置かれているスーツケースは当地で下船する旅客のもので、前日の夜に希望すればキャビンで回収され、ここに並べられる。航空機の預託手荷物を返却するターンテーブルと同じだ。
記者は荷物が少ないのですべてハンドキャリーとした。


前日夜にキャビンに届けられた船内で使用したクレジットの明細書を確認する。クレジットカードの登録をしていない場合はレセプションで現金かカードで精算する。
記者の場合はあらかじめクレジットカード(VISAデビットカード)を登録していたので、エクスプレスチェックアウトで手続きは必要ない。

後日談だが、3日後には精算されて銀行口座にデポジットから使った分が引かれて返金されていた。デポジット以上に使用した場合は、追加で銀行口座から差し引かれる。クレジットカードの場合は使用した分だけ、翌月に請求されることになるだろう。


レセプションには、変更された航路図が掲出されていた。八重山とあるのは石垣島のことで、清水港の代替寄港地だ。


さすがに7泊8日も滞在すると、顔なじみになったクルーとの別れがせつなくなり、挨拶回りをする。
写真は韓国人クルーのキムさん。


最後は、素晴らしい取材アシストをしてくれた石井さやかさんが、那覇空港まで行くシャトルバスまで見送りに来てくれた。
これで本当にお別れだ。


シャトルバスからスーパースターヴァーゴに別れを告げ、那覇空港から一路、羽田へ飛んだ。

1週間のクルーズ船の旅をレポートしたが、買い物をせずにすべて無料レストランだけで過ごせば、運賃とキャビンのサービスチャージ700香港ドル(1泊あたり100香港ドルの定額チップと考えれば良い)だけで乗船することができる。
今回は台風の影響で誰の責任でもないが横浜港へ戻れず、ようやく船内のあちこちを地図無しで歩き回れるようになったところで、下船しなければならなかった。
もし機会があるのであれば、11月までの運航なのでリベンジを果たし、違う施設も利用しながら横浜港に戻ってきたいと思う。
読者のみなさんも、1週間の休みが取れるのであれば安い運賃で食べて寝て遊んで、自分だけの、あるいは乗組員たちとの素晴らしい思い出が残る「ヴァーゴで船旅」を満喫してみてはいかがだろうか。
「思い出」だけはお金で買うことはできないのだから…。
(1週間を食っちゃ寝で過ごす素敵なクルーズ船の旅・了)

■前回までの記事はこちらから
第1話:【デブの楽ちん珍し旅 Destino siete】1週間を食っちゃ寝で過ごす素敵なクルーズ船の旅(第1話)【動画多数】
第2話:【デブの楽ちん珍し旅 Destino ocho】1週間を食っちゃ寝で過ごす素敵なクルーズ船の旅(第2話)【動画多数】

本連載にかかる動画再生リストはこちら
再生リスト<YouTube>

※写真・動画はすべて記者撮影・収録
取材協力 スタークルーズ